Photo: c-h-a-o-s: http://t.co/W3eWQRKz
なぜか保存してしまった何かを中心にポストしています。
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コンビニで中学生同士が「アポとってよ」とか言ってたから、なんか生意気だなと思ってたらビニール傘のことだった
人間の我慢強さについて、面白い研究結果がある。4歳児とマシュマロを使った実験だ。
マシュマロを15分間食べずに我慢できたら、もう一個マシュマロをあげます――というルールで4歳児を小部屋に招き、目の前にマシュマロの載った皿を置く。この実験で、マシュマロをじっと見つめていた子供はことごとく我慢に失敗した。15分間耐えることができた子供たちは、顔を手で覆ったり、おさげの髪をいじったり――マシュマロを意識の外に追いやることができた子供たちだった。なかにはマシュマロをぬいぐるみに見立てて遊び始めた子供もいるという。想像してみるとすごく可愛らしい――ってか、めちゃくちゃ可哀相! 研究者ってヒドイ!(笑)
この実験から分かるとおり「我慢」とは歯を食いしばって耐えることではない。目をそらし、気を紛らわし、忘れ去ることだ。別のもっと楽しいコトを考えることだ。
だから「自分は幸せだ」という人がいても、それが、その人が心から希望した“幸せ”なのか、それとも本当の幸せから目をそらした我慢の結果なのか、観察者には(もしかしたら本人にも)分からない。
鎮守府大将軍とかじゃなく征夷大将軍にみんななんでなろうとしたかというと
征夷大将軍以外の将軍様
→例えば全軍突撃とか命令してるのに部下が軍紀に違反して突撃しなかった場合、
そいつがある一定以上の身分を持ってると現地で独断で処刑とかの決裁はできない
必ず京都に後送して軍法会議にかけてもらうしかダメ
征夷大将軍
→部下がある一定以上の身分でも現地で独断で処刑とかの決裁可能つまり戦国大名が他の大名と衝突して殺害してしまっても、上の権限の拡大解釈で
合法
紀伊國屋書店には、自分好みの美少女を店員として置いて、若者達の気を引いた。田辺は、都会とは芸能や文化の集積ではなく、「そこへ行けば何かがある」と思わせる点が必要であると考えていた。
外人「アリガトウ」 日本人「日本語上手ですねw」 外人「お前らもthank youくらい言えるだろ^^;」 クッソワロタ。
プレゼン始める時に 「えーと doyagao.ppt を開いて、メニューからプレゼンを開始っと」
ちっがーう!パワポの拡張子を ppt から pps にしておけばファイル開いた時にプレゼンモードで始まるー!!
俺は君に知らせたかったんだ。
この世界を変貌させるのは認識だと。
いいかね、他のものは何一つ世界を変えないのだ。
認識だけが、世界を不変のまま、
そのままの状態で、変貌させるんだ。
認識の目からみれば、世界は永久に不変であり、
そうして永久に変貌するんだ。
それが何の役に立つかと君は言うだろう。
だが、この生を耐えるために、
人間は認識の武器を持ったのだと言おう。
動物にはそんなものはいらない。
動物には生を耐えるなんて意識はないからな。
認識は生の耐えがたさがそのまま武器になったものだが、
それでいて耐えがたさは少しも軽減されない。
それだけだ。
さて確か昔読んだ本に経済的に厳しい局面に陥った時とか借金返済に追われるほど資金繰りが悪化したときに、経営者がやるべき事は沢山有りますけど中でも今でも覚えているのが、たまには家族で美味しいものを食べましょうねって事でした。
多分これは貧すれば鈍するって考えから来ているのではないかと思いますが、金策に追われまして切羽詰ってくると心に余裕がなくなってしまって更に自分を窮地に追い込んでしまったり、時には自殺まで考えちゃったりしますから、うまいものでも食べて愚鈍になりがちな心を正常な状態に戻しましょうねって事だったんでしょうね。